魅力3:自己の肯定

13 10 2009

[03]自己の肯定(こうてい : acknowlegde)

帰依(きえ: devotion)して、教えに従うこと―聖典(せいてん : scriptures)の教えや戒律(かいりつ : religious commandment)に従うこと―と聞くこと、何か、自分を捨てるように感じる人がいるかもしれません。しかし、イスラームは、自分を捨てることとは全く自分を肯定を推進(すいしん: implement)しています。

イスラームは、世界も人間も創造主アッラーに創られたと説き、アッラーの存在を認めるよう、説いています。そのため、まず、ご自分をよく見てください、あなたを創造したのは誰ですか、と言う問いを発するわけですが、そこには、自分の存在を全面的に肯定することが含まれています。

なぜなら、自分がいること、自分が生まれてきたこと、自分がここに存在して生きていることを肯定せずに、その自分をお創りになった存在を認めることはできないからです。

イスラーム世界に自殺が少ないことはよく知られています。その理由として、自殺が禁じられていることが指摘(してき : point out)されています。しかし、それは単に禁じられているから少ないのではなく、そもそも自己肯定するから、人は希望を持って生き続ける、ということなのです。

参考書:イスラーム文化センター(2007)『イスラームという生き方―その50の魅力』 第1版 <www.islamsodan.net





魅力02:自分を知ること

5 10 2009

[02]自分を知ること

イスラームでは、自分を神の「しもべ(アブド):servant」である、と言います。それは、私たち人間が、巨大な宇宙原理(うちゅうげんり:cosmological principle)に従って生きる小さな存在だからです。人間の一人一人は弱く、病気や自然災害(しぜんさいがい:natural disaster)などがあれば、自分の小ささをすぐに感じています。しかし、その存在の根源的(こんぽんてき:origin)な宇宙的なあることがわかると、人生に確信(かくしん:confidence)が持てます。

「しもべ」であこを知り、自分自身を知ることが、よりよい人生を生きる大事な鍵(かぎ:key)である、とイスラームは説きます。

帰依(きえ:devotion)ことは、「しもべ(=人間)」としての自らの本性を知って、自分自身を実現することにつながっています。自分が誰であるか確信が持てないことは、人を時に不安にします。ムスリム(イスラーム教徒(きょと:believer))には、そんな不安はありません。自分が誰であるかを知るからこそ、ムスリムなのだ、と言えるでしょう。

参考書:イスラーム文化センター(2007)『イスラームという生き方―その50の魅力』 第1版 <www.islamsodan.net





魅力01:帰依する喜び

2 10 2009

[1] 帰依(きえ : devotionする喜び

イスラームとは「帰依」を意味します。イスラームとは、イスラームの教えに帰依して、その教えを拠り所よりどころ : foundationとして生きることです。

ですから、イスラームが説く教えの第一は帰依であり、イスラームが推奨すいしょう:recommendationする最大の喜びは「帰依する喜び」です。人間は自分勝手に生きていることではなく、創造主そうぞうしゅ : Creator)アッラーに創られたこと考えますので、人間の天性(てんせいに従って、よい人生を送るのが自然の姿だと考えています。

イスラームでは、人間はもともと善なるものだとしています。つまり、天性の教えに帰依して生きることは、人間のもっとも基本的な欲求(よっきゅう : desire)を満たすことなのです。


参考書:イスラーム文化センター(2007)『イスラームという生き方―その50の魅力』 第1版 <www.islamsodan.net